ひっとべ鹿児島2018へ参加して来ました。

都城もなかなか暖かくなってきましたが、鹿児島はもう本気の春ですね。

好天の上、桜島の灰の影響も受けずに最高の日和でした。

場所はかごしま県民交流センター(^^)

ステージイベントもクオリティの高い吹奏楽のメンバーばかり!!!さすがアーティストをたくさん輩出している鹿児島市ですよね。レベルが高い!!!

今回の販売は私達のジオグッズと温泉珈琲。でも暑いからコーヒーはそんなにでませんでした。

ただジオグッズは違いました。特に缶バッチ。

新燃岳の噴火はみんなが知っています。

「都城は大変なんでしょ」とどこへ行っても言われます。

実は中心部はそうでもありません。風が運んでこないから。

最初の噴火はこんな感じ・・・・

このアングルからするとこのときの灰は霧島市方面へ向かっていたと思います。

そういう事で灰はずっと都城の中心ではないところばかりに飛んでますね。

ただ飛んでくるところはすごいですよ。

灰と溶岩で打撃を受けているはずです。観光は特に。

私達はこの山達が産まれたずっと後にやって来てすんでいます。視界に入って当然の山々です。

火山であって、その恵みにもあやかっています。この山が火山だったから今があるのですよ。

この土地に住んでいるからにはこの自然さえ運命共同体でもあるんです。

噴火を打撃に変えるのも、チャンスに変えるのも人次第。そう思います。

鹿児島の西郷さんスイーツです。

これは大島紬の缶バッチ。

大島紬は車輪梅という植物と鉄の多い奄美大島の土地の泥で染められます。

どうして泥で染められるか。鉄分が多く含まれる土地にあって、どうしてそこには鉄が多く含まれているか。

2013年、皆既日食があった年にある調査が行われました。

奄美大島には星が降ってできた土地「星窪」と呼ばれるクレーターがあります。星が降ったという伝説は本当なのかという調査が行われ、結果どうやら隕石がぶつかったのかもしれないとわかったのだそうです。勝手に作られることは考えにくい鉄の地層があったのだと聞きました。

私はその時、鉄分の多い土地はきっと大昔、星が降って化学反応かなにかで鉄ができたのだろうと思ったのでした。

だから大島紬は星と奄美大島の土地と車輪梅と人の共同制作なんだなと思ったんです。

どれがかけてもできなかった。そういう事が毎日起こっているんですね。霧島にも・・・♪

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道の駅霧島様帰り道の新燃岳

新燃岳の噴火後初めての道の駅霧島さんへ納品~

道の駅霧島からは錦江湾越しの桜島が良い感じで見えるのですがこの日はモヤモヤしてますね。
台風が過ぎて直後が一番綺麗だったかもしれませんが。

ここはあまり新燃や桜島の灰の影響は受けていません。

高千穂峰が見えます。
土の成分に鉄が多く含まれているため錆のように赤く見えています。

この日の新燃岳は静かで、嵐の前の静けさなのかこのまま終息するのかそれは誰にもわかりませんがしばらく様子を見た方がいいですねえ。
鹿達が結構麓にいます。
ということはやっぱり様子を見た方がいいのかも。

生きているのは動物だけではないってことですねえ。


こちらは帰りに高千穂牧場付近から見た新燃岳。

実際は結構至近距離に感じます。
噴火したとき、ここの距離で見た人はビックリしたでしょうね。

砂場にできた砂山のようにしているのが新燃です。(ちょっと白っぽい)

霧島神宮あたりの川は灰で濁っていました。
まるで濁り湯の温泉が混ざっているんじゃないかというくらい。

噴火するのは面倒なことになるところもありますが、このタイミングをどう活かすかでそれでこそ「living with」ということですね。

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阿蘇山。。。

地震で台風で噴火・・・熊本は息つく暇もない状況がつづきますね。

阿蘇山噴火ニュース

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新燃岳が噴火した時を思い出します。

遠くで噴火を続ける新燃岳から爆発の音が夜通し聞こえていました。

街の人達は赤く焼ける空を見て、初めて見る光景に驚きました。

みるみるうちに灰でいっぱいになり、縁石の高さまで簡単に降り積もりました。

車は横転し、みんな家の中にこもりましたね。

夜が明けたというのに外は曇った日のようで、玄関を開けると新燃岳から車で1時間以上も離れているというのに硫黄の匂いがしていました。

空は黄色く、ガソリンスタンドは車を洗う行列でいっぱい。

近くの学校は噴石で教室のガラスが割れ、太陽光パネルとつけた家は何の役にも立たないから掃除をしなければと高圧洗浄機は飛ぶように売れました。

あのとき、どこからともなく助けに来てくれた桜島のロードスイーパーたち。

鹿児島からやって来たボランティアの方々。

 

毎日噴火する桜島と暮らしている鹿児島のみなさんは、動じることなく助けに来てくれました。

 

家1軒に対して軽トラック3台分ぐらいの灰が積もった場所には、鹿児島のプロレスラーの方々が声を上げてくださってたくさんのボランティアが集まりました。

薩摩人のいざというときの度胸と行動力を見たようでしたね。

阿蘇ジオパークへ行くと、桜島の人々と同じような感じをうけます。

 

山は生きているもの。ということを引きうけていっしょに生活している様子です。

ジオパークである以前に阿蘇山は生きていることが当たり前という感じがすると思いました。

 

きっと阿蘇ジオパークは肝が据わっているのだろうなと思いつつも、鹿児島に助けられたことを思いだすと何ができるのか考えずにはいられないと思います。

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